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2012.01.14 (Sat)

もぐら打ち(伊佐市大口金波田)

1月14日この日はモグラ打ちの日です。

庭先で「モグラ打ちに来ました」と大きな声をかけると
家主が出てきて「お願いします。いっぱい叩いてください」
もぐらうち2
ホテ(竹とワラでつくった棒)でモグラ打ちの歌を歌いながら,地面を叩きます。
(昔は庭先だけでなく,家の周りを叩いて回ったそうです)


叩き終わると家主から「ありがとう」とお礼の言葉とお菓子等がプレゼントされます。そして次の家に移動します。
こんな風に集落の家を廻りながら繰り返します。


いくつかのグループに分かれて集落を廻りますが,このグループは6名の小学生で25軒ほどを担当します。
もぐらうち3


次のような歌になります。地域によって若干の違いはあるようです。
もぐらうち歌

訳すと
モグラ打ちには 罪はありません
もぐらの頭を 叩ち割れ
餅をくれないと 打ってやりません
粟の餅は 要りません
米の餅を 下さい

となります。

ここ伊佐市大口金波田(かなはだ)集落名は「黄金のように波打つ田んぼ」のとおり,伊佐米の栽培が中心で一面,田んぼが広がる集落です。

小学生の人数も少なくなってきているそうですが,お米の豊作を願う行事が受け継がれているようです。
正月の伝統行事でもあります。これから先も続いてくれることを願います。

このもぐら打ちを見学に福井県から短大の先生(民俗学)と鹿児島の大学の先生もおいででした。


実はこの日もう一つの正月行事も行われました。別記事で報告します。

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大口市郷土誌 上巻(昭和56年3月20日発行 編さん者 大口市郷土誌編さん委員会)には次のように記載されています。
昭和50年代の状況ですが,参考にお読みください。歌のあとにある(後村)は集落名です。

モグラ打ち
 一月十四日の午後、市内各地でモグラ打ちが行われた。大正初年頃までは,各地で見られたが,しだいに消滅し,現在では、伝承している地は非常に少ない。平出水では,明治末年まで,十四日にハラメ打ちがあったが,翌日十五日午後にはモグラ打ちをした。堂崎では,今も伝承しているが,夕方暗くなってからやっている。この行事の管理は男の子供が担当している。子供たちは,二メートルぐらいの長いニガ竹の先に,長さ一尺ぐらいワラのホテをこしらえる。ホテは,ワラを巻き,その上にナワを巻いたものである。それを,かついで家々を廻り,家のまわりの庭やサエン(菜園)畑や水田の畦などを,ホテで打って廻った。そして家々では一人一人が小餅をもらった。もらった小餅は,各人が持ってきているコンツン袋に入れた。

 地面を叩く時に,唱え叫ぶ言葉がある。
 ・・(略)・・・
「モグラ打チャ,コンニャジャ,コンニャ餅ョクイヤンセ,粟ン餅ャイランデ,白餅ヨクイヤンセ」(後村)

 この行事は,モグラの害を防止するために,家のまわりを打って廻るわけであるが,地面を打つという点が注目される。この行事は本来,新年の農耕を控えて,おめでたい小正月に,地を打って大地の霊を呼びさまそうとする動きであるようだ。モグラ打ちは,薩摩半島や大隅半島にはなく,北薩地域に多く分布している。
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23:42  |  伝統行事・食  |  コメント:(0)

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